経理マンが大手システム会社に転職しました・・・適度に居心地がよく10年も勤めました

はじめに

私がベンチャー企業を辞めた後、転職に苦労した時の話は、経理マンがベンチャー企業を辞めて転職しようとしましたが・・・初めて転職に苦労しましたで書きました。
転職活動で苦労をして、もう会社を転々とすることはやらないと思った私は、この会社での第一目標をただひたすら居続けることに決め、キャリアアップや出世は考えることをやめました。

まあ、今まで散々勉強はしてきたので、今までの蓄積で頑張らなくても、そこそこ仕事をこなせていました。
特に頑張らなくても、仕事が定時で終わるので帰っていたのですが、残業するのが普通の職場で、こういうことをやっていると出世とは縁遠い存在となってしまいました。

残業180時間やって「残業が足りない」と怒られた人がいたようです

この時入った会社は、大きな商社の子会社であり、システムインテグレーター(SI)を事業としていました。

会社にシステムを導入する時は、まずハード(サーバーなどの機械)を購入し、その中に開発するなり購入したソフトウェアを入れてシステムを動かせるようにします。
もちろん、システムが動いた後も、不具合が発生した時の保守サービスや、サーバーがきちんと動いているか監視するような運用サービスが必要になります。
つまり、一度ハードを売ったり、システム開発をすると、その後に続くお仕事を受注することができ、仕事が途切れることがないのです。
そのため、めったなことでは赤字にならないので、とても業績が安定していました。

私が入るちょっと前まで、この会社はかなりブラックな会社だったようです。
私が入った時に、職場の同僚から、何と月に残業180時間やって「残業が足りない」と怒られた人がいると聞いた時は、何それと思いました。
その同僚の話によると、月に残業200時間働くことが普通だった時代があったようです。
私が入ったころから、こういった無茶な働き方はやめようという方針になったようですが、そうは言っても当時は月に残業100時間くらい残業をしていました。

連結決算を担当する部署に配属になりました

私が配属された職場は連結決算を担当する部署でした。
上場企業はこの会社で三社目だったのですが、この時初めて決算を外部に開示する部署に配属されました。

この時びっくりしたのは、上場企業は決算情報を外に発表するのに、これほど気を使うのかと言った所でした。

普通に考えて、広く一般に決算情報を公開するのに、いい加減な情報を出すわけでもないし、監査法人の監査も受けるので、それなりに正確な情報を出そうとするのは分かっていました。
しかし、「,」や「・」まで原稿通りに印刷されているかチェックするとは思っていませんでした。

こういったチェックをするのに読み合わせを行うのですが、例えば、
「内部通報制度(ヘルプライン)の運用、維持・改善」
というような文章が原稿にあったとします。
この時、読み手は「ないぶつうほうせいど、かっこ、へるぷらいん、かっことじる、のうんよう、てん、いじ、なかぐろ、かいぜん」と言った感じで、点や丸の違いも元原稿と違いが無いかも気を使いながらチェックを行う訳です。

この会社は過去に二度決算訂正をしており、サッカーで言えばイエローカードが累積している状態でした。
このためかどうか分かりませんが、開示情報が正確かどうか、いろいろな方法でチェックを行いながら決算を締めていました。
こんなことは当たり前と言えばそうなのですが、会社の規模が大きくなればなるほど、正確な決算を開示するのが難しくなります。

株式投資をする方で、よく会社が開示する情報など当てにならないなどと言う方がいらっしゃいます。
確かに、意図的に粉飾した決算を開示する会社はいつの時代にもある訳です。
しかし、会社の決算の内容を一番よく知っているのは開示する会社自身であり、この会社がかなりの労力を使って開示した情報を、当てにならないと読まずに株式投資をするのはナンセンスだとは思います。

評価がされない部署で、だんだんとつまらなくなってきました

単体決算を担当する部署は、事業部の数だけ存在するので数が多く、その分ポストもたくさんある訳です。
しかし、連結決算を担当する部署は、基本的には一つの部署しかないと思います。
そうすると、なかなか課長になれないといった状態になるわけです。

その上、人事評価で高い評価をつけることができる人の数は一定数であるため、その年に会計基準の変更プロジェクトなどで夜遅くまで居残りでがんばった人が評価されます。
このことについて全く異論はないですが、連結決算の担当部署では、あまりこの手のプロジェクトがある訳でもなく、高い評価をつける理由もないので、いつもそれなりの評価をもらうことになります。

その割には、決算情報を開示する重要部署であるので、ミスでもしようものならお叱りを受ける仕事をしています。
要は評価はされないがプレッシャーだけがかかる全く報われない状況になります。

次の問題として連結決算を担当する部署に一度入ると、なかなか抜け出せなくなります。
単体決算の仕事だと普通にできる人は多いと思いますが、連結決算をするには連結決算の勉強を余計にする必要があります。

経理部に限らず同じことを長く続けていると、新しいことを勉強することが億劫になってきます。
連結決算ができる人を増やすように、単体決算の部署から異動させようとしても「連結はちょっとー」と言う反応が返ってくるわけです。

連結決算を担当する部署の偉い人からしても、やる気のない人間を受け入れて、結果的に決算を間違えて決算訂正なんて事態になれば、その偉い人も、その上のさらに偉い人もどっかに飛ばされるので、安易に誰でもいいから連れてこようなどと言う話にはならない訳です。

その上、連結決算は初めはいいのですが、やっていると退屈になってきます。
連結決算は、本当にザックリいうと、親会社と各子会社の決算を単純合算して、連結調整という引き算をして連結財務諸表を作成するだけなので、会社で行われている一つ一つの取引が全く見えない状態になります。

経理は、会社で行われている事業の状況を、お金と言う尺度で全体的に俯瞰できるところが面白いところなので、会社で今何が行われているのか全く分からず、評価もされず、プレッシャーがかかり、ミスをすれば大目玉という、いいこと何も無いのが連結担当部署でした。

子会社に出向して仕事が楽しくなりました

私はこの報われない部署を運よく5年くらいで脱出することができました。
私の2か月後に入ってきた女性は連結担当部署に10年もお勤めして、やっとおさらばすることができたのと比べると運がいいと言えるわけです。

子会社に出向という形で異動させてもらった訳ですが、何だか仕事が急に面白くなったのです。
どんな理由でこうなったかと言うと、会社のいろいろな部署の方とお話をする機会が急に増えたのです。
連結担当部署ですと、話をする部署といれば、連結子会社の経理担当と経営会議を運営する経営企画室の人くらいしかない訳です。
それが、現場の方達やら、人事やら総務やらいろいろな部署の人達と絡まないと仕事が回らない職場になったのです。

それに、この時まで「システムインテグレーター(SI)」という会社が行っている事業の内容をほとんど知りませんでした。
会社の従業員が、自分の勤めている会社の事業内容が分からないなど変な話なのですが、IT系の事業をしている会社は、主に無形の技術を提供してお客様からお金をいただいてます。
ゲームや洋服など形のあるものでもなく、学習塾などサービスの内容をすぐ思い浮かべることができるものでもありません。
そのため、自社のサービス内容をよく知っている方や現場の担当者に少しずつ教えてもらいながら、だんだんと理解できるようになるのが、この会社の事業内容なのです。

この事業内容が分かってくると、会社がどのようにお客様と長くお付き合いをしようとしているかが分かってきました。
一回サーバーを販売したり、一回システム開発をして、それで終わりでは売上が一回しかたちません。
ハードの販売やシステム開発をすれば、そのあと保守サービスの提供や、サーバーの監視など運用サービスを提供することができます。
ハードの保守サービスを提供していれば、お客さんが使っているハードの使用期間なども把握できるので、買い替え時期に合わせて提案をすることもできます。

こういったことは、出来上がった財務諸表をくっつけて、調整して、はいできましたと決算を開示する連結担当部署にいては分からなかったのです。

よく分からない理由で、またもや連結担当部署に戻されました

出向と言う形だったので、いつかは本社に戻らなければならないと思っておりましたが、思ったよりも早く2年ちょっとで本社に戻されてしまいました。
戻された理由と言うのが、その時期海外の会社を買収したので英語ができる人間が必要になった、といった話だったのですが、本社に帰って見ても、なぜか英語を使う業務はありませんでした。

しばらくたつと、なんとあれほど苦労して脱出した連結担当部署に異動になりました。
これもよく分からない理由なのですが、人が足りないという理由で連結担当部署に人を採用したのですが、役員からいきなり単体決算を経験しないで連結決算をやるのは何事かといった話が出たようです。
採用する予定だった人間がいきなり消えてしまったので、連結ができる私が連結担当部署に戻されることになりました。

自転車通勤をしたため処分されそうになりました

私が連結担当部署に戻されたころ、大きな商社である親会社から新しい人が舞い降りてきました。
この方がよく分からない変わった人間だったのですが、連結担当部署から海外の小会社に誰も行ったことが無いということを問題視し、誰か行けと言った話になりました。
しかし、時期が有価証券報告書を出さないといけない時期だったため、移ってきたばかりの私を除いて無理だといった話になり、私が行くことになりました。

ここまではよくある話なのですが、この変わった人間は私にここで色々仕事を振り始めたのです。
当初は連結パッケージを説明するだけの話だったのですが、現地の監査法人と会計処理について交渉しろだの、内部統制について話をつけてこいだの、管理職でもない人間を捕まえて何やら無理難題を押し付けてきたのです。
そんなこと無理だと私の上司と一緒に意見すると、私の出張は取りやめになり、この変わった人間は自分で話をつけるために海外に出張していきました。

ここまでは、まあある話ではあるのですが、この件があって以降、私はこの変わった人間に目をつけられることになるのです。

ある日、この前まで出向していた子会社で、監査報告会が開かれることになり、私も参加するように指示されました。
当時は、私の家の周りは保育園が極端に不足しており、隣の駅まで自転車で子供を連れていく必要があり、会社まで自転車で通っていました。

そこで、子会社の会議に出席するために、私は自転車で出かけた訳ですが、他の方達はと言うと、会社で用意している社用車で子会社に言った訳です。
その車内で、私がいないことが話題になり、この変わった人間が私が自転車で通っていたことが分かると、怒り始めた訳です。

この変わった人間が、自分で私に注意するのだったら話は分かるのですが、この人間はそんな度胸もないのか自分でやる代わりに、私の上司やその上の上司を捕まえて「〇〇を処分しろ」と騒ぎ始めたのです。
私の上司たちは、初めはバカバカしいとして相手にしなかったのですが、あまりに騒ぐために相手をせざるとえず、もうすぐ有価証券報告書を出さないといけない時期に、人事とこの件について話をしなければならなくなりました。

結局、就業規則には自転車通勤について何も書いていなかったのですが、「よく読めば自転車通勤は禁止されている」と訳の分からない理由で、今までのことは不問に付すが、これ以降は電車通勤をするように人事より言われてしまいました。

ちなみに、この変わった人間は、これから一年くらいたった時に、セクハラ事件を起こしていたのが発覚し、他所の会社に出向処分となり消えていきました。

まとめ

この会社には、結局10年くらい勤務させていただきました。
最後の方は、ケチがついてしまいましたが、親会社の他の子会社との合併、システムの入れ替えや、国際会計基準の採用など、2~3年に一回は何かしらイベントがあり、飽きがこない状態であったことが良かったのかもしれません。

また、会社がいろいろな事業を行っており、いつも最新の技術をビジネスに取込むような所もあり、会社内にも活気があったように感じます。

結局「副業の方で食べていけるのでは」と思って、起業をすることを選び、この会社を辞めてしまったのですが、起業で食っていけない時期にはよくこの会社を辞めたことを後悔しました。

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